連載「“教室マルトリートメント”って?
東京都立矢口特別支援学校 川上康則」

【第2回】
これって教室マルトリ?
教師も子どもも気持ちよく過ごせる教室へ

皆さんは「教室マルトリートメント(以下、教室マルトリ)」という言葉をご存じでしょうか。実はマルトリートメント(以下、マルトリ)は家庭内などだけでなく、学校という教育現場でも起きているんです。そこで今回、養護学校や特別支援学校で教員として勤める川上康則先生に、「教室マルトリとは何か」「背景で何が起こっているのか」についてお話を伺いました。マルトリや虐待に興味がある方に必見の情報です!!

川上康則先生
川上康則(かわかみやすのり)
2001年より養護学校、特別支援学校で教員を勤め、今年で21年目。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。中学部2年の学年主任。特別支援教育コーディネーターとして小・中・高の巡回相談を10年間続け、通常学級の学級経営や授業づくり、子ども理解のサポートも行ってきた。公認心理師、臨床発達心理士。

“自分がやっている行為=教室マルトリ”
それに気付いてない先生にどうアプローチをしたらいいのでしょうか?

 おそらく先生たちは気付いていないのではありません。心の中で「自分が教室マルトリをしていて、本当はこのままではいけない」と思いながらも、どこかで認めたくない、あるいは引き返せないのだろうと思います。

 学校には、生徒指導や生活指導を担当する役割の教師がいます。おしなべて強面で、威嚇的な雰囲気を醸し出しています。その背景には、自分の圧が柔らかくなったときに、子どもたちが勝手気ままに振る舞いはじめ、荒れてしまうかも…という不安があります。その一方で「あの先生に任せておけば統率力があるから」と周りから認められているようなところもあり、そんな自分を今更変えることはできない、と苦しんでいる部分もあります。もう引き返しどころを見失っているのです。

 この「教師が自分自身を変えていく」という道のりは、とても険しいです。「現役の担任の時には強面で通っていたのに、管理職になって子どもたちから一歩引いた立場になって初めて子どもを見る目が優しくなれた」と話す校長先生がいるくらいです。自分自身の在り方を変えていくためには、自分との対話を通して、「このままでいいのか」や「では、どのような方向性で子どもと向き合うのがよいのか」と改めて自分を見つめ直していく必要があります。

 教師が見ている子どもの姿は、自己の経験や思い込みのフィルターがかかってしまうことが多々あります。そのため、教室マルトリの現状を打開していくには、まずそのフィルターを外していくことも大事です。例えば、先輩教師との出会いが自分の指導に与える影響の大きさについて考えてみましょう。経験が浅い若い頃に「あの子は努力不足でやる気がない」「あの親は子どもをちゃんと見ていない、学校に協力的でない」と先輩たちが周りで言っていたとしたら、それが自分の記憶の中に経験や思い込みとして刷り込まれてしまうでしょう。また、姿勢が悪い子どもを見て「態度が悪い、意欲が低い」と決めつけてしまうケースも、同じように先輩教師からの子ども観を引き継いだレッテル貼りです。姿勢の崩れやすい子は、「固有感覚(筋肉の張り具合や関節の角度についての情報を脳に伝える感覚)」が低反応であるがゆえに、姿勢を保持することに多くのエネルギーを使う必要があります。決して、態度や意欲や気持ちの問題ではないのです。このように、私たちが見ている世界は誤謬(ごびゅう)に包まれているところがあります。常に新しい視点で子どもを理解していくことを目指さなければ、このようなフィルターに振り回されてしまうのです。

研修=温泉!?
―先生たちに必要な“温かさ”とは?

 私が研修を行う上で一番気を付けていることは、温かい雰囲気で行うことです。「研修は、温泉と同じ」だと私は思っています。この研修を受ければ気持ちがほんわか温まる。教室で子どもたちと向き合うのが楽しみだなと待ち遠しくなりながら帰る。そういった気持ちにさせるのが本来の研修の在り方なのではないでしょうか。難しい言葉ばかり並べられたり、上から目線で物事を語られたりしてやる気になる人はいません。気持ちが温かくなって癒されて帰る―それこそが次につながる道をつくるのではないかと思っています。

 その一方で、温泉と研修にはもう一つ共通する点があります。どちらもしばらく経つと「冷めてしまう」という点です。せっかくの研修で気持ちの熱量が上がったとしても、数日経つと冷めてしまうのです。そのため、研修後も学び続けることを止めてはいけません。研修を通して体質改善をする、つまり現実を変えるためにも自ら学ぶことが大切です。職員室内には「同調圧力」があり、周りから足並みをそろえようと促される雰囲気があります。自ら学ぶ教師ほど、現場では息苦しいのです。あまり周りの目を気にせず、自ら学びを深め続けることが教室マルトリの予防には欠かせません。周囲を変えることは難しいかもしれませんが、まずは自分から変わるようにするのです。

 研修後のアウトプット(情報をまとめたり、発信したりすること)も大切です。教師向けの研修はインプット型が多いのですが、人はアウトプットをする(話し手と聞き手がやりとりをする)中でようやく知識が定着していきます。こうしたやりとりは、授業づくりにも生かされます。本来、教える立場に立つ人は、相手に「大丈夫? 分からないことはない?」と確認しながら進めていくことを大切にしなくてはいけません。インプット型の研修では、相手が理解しているかどうかを把握することなく進められてしまいます。できない・分からない人の立場になっていないのです。そのため、研修内容をアウトプットし、聞き手からの「それ、どういうこと?」という素朴な疑問に答えていくようにします。こうしたプロセスが温かい雰囲気の授業づくりにつながると考えます。

 教室の中で「どうしてそんなことするの!」や「何回言ったら分かるの?」と子どもを問い詰めるような言い方をする教師がいます。私はこれを「毒語」と呼んでいるのですが、その背景には必ず大人側の焦りがあります。追い詰められている状態が心の余裕を奪っていくのです。追い詰められ感の背景には、関わり方が分からない、時間ややるべきことが迫ってきている、周りの視線を気にして「ちゃんとさせなきゃ」という気持ちになっている―などの状況があります。私の研修では「追い詰められる必要はないんだ」という心境に立つことが大事と伝えています。無自覚のうちに教室マルトリに至っている教師の多くは、「教師たるもの10割成功しなきゃいけない」と思い込んでいる節があります。でも考えてみてください。プロ野球の世界でも3割打てたら超一流です。教育や保育の分野であれば、2割5分の成功でも十分だと思います。そもそも学校は、予定調和の世界ではありません。研究授業などで指導案の通りに進まないと成功とは言えないと思い込んでいる教師がいますが、予定通りでなかったことに気付いたら途中で方向修正をしたってよいのです。

 子どもと関わるときも、クラスづくりをするときも、子どもを追い込んだり、自分自身が追い詰められたりすることは常に身近に付きまとう課題であり、そこから脱却しなければ、教室マルトリはいつまでたってもなくなることはありません。

 まずは教師自身が自分に温かい気持ちを保ち、その上で周囲も温かい雰囲気で包み込み、常に機嫌よく子どもたちと接していってほしいと切に願います。

(次回につづく)


【コラム】
よく懲戒※1 ※2という言葉を聞きますが、マルトリと懲戒の境界線を意識して指導していますか?

  「マルトリはダメ、懲戒ならばよい」という線引き自体に意味がないと思っています。教師が冷静に懲戒(懲らしめる、戒める)していると主張したとしても、子ども側にネガティブな気持ちを植え付けてしまうようでは意味がありません。

 また、世の中には、反省や内省をすることが難しい段階の子どもがいます。もし、その子が自分自身の行動を振り返ることが難しいという実態があるにもかかわらず、その事実を踏まえずに懲戒を行っているのだとしたら、それだけでもマルトリに陥ります。例えば、授業中に話している人の方を向かせることや、教科書やノートを準備することなどは叱って直させることではなく、教え導くべきことです。相手の立場になって気持ちを考えることが難しい子どもについても「相手の立場に立って考えろ」「自分が言われて嫌なことはしないで」では全く伝わりません。「この場でそういうことを言われたら、〇〇さんは悲しむ」「『ちゃんとやれ!』という言い方ではなく、『手伝おうか?』の方がいい」と具体的に伝えるようにします。このような言葉掛けで、教え導いていくことが本来の指導の在り方です。懲戒では、子どもの気持ちは全くポジティブになりません。

 子どもを呼び捨てにすることについてもそうです。「信頼関係ができていればよい」「この生徒とはお互いに納得できているから大丈夫」と開き直る教師がいますが、それは本当でしょうか。「信頼関係ができていても、自分の名前を大切にされていないのは嫌だ」という子どももいるはずです。仮に、呼び捨てをした方がその子らしさが出るのだとしても、「呼び方を変えてほしいときは即座に変えるから言ってね」と一言添えるようにしましょう。「一度築いた信頼は決して揺らがない」などといった思い込みに陥らないことが重要です。

 先生たちには、こういった意識を持って学校を気持ちよく過ごせる場にしていってほしいと思います。


※1 懲戒
学校教育法施行規則に定める退学(公立義務教育諸学校に在籍する学齢児童生徒を除く。)、停学(義務教育諸学校に在籍する学齢児童生徒を除く。)、訓告のほか、児童生徒に肉体的苦痛を与えるものでない限り、通常、懲戒権の範囲内と判断されると考えられる行為として、注意、叱責、居残り、別室指導、起立、宿題、清掃、学校当番の割当て、文書指導などがある。
▶文部科学省「体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について(通知)」より

※2 認められる懲戒
(通常、懲戒権の範囲内と判断されると考えられる行為)(ただし肉体的苦痛を伴わないものに限る。)
 ※ 学校教育法施行規則に定める退学・停学・訓告以外で認められると考えられるものの例
 ・ 放課後等に教室に残留させる。
 ・ 授業中、教室内に起立させる。
 ・ 学習課題や清掃活動を課す。
 ・ 学校当番を多く割り当てる。
 ・ 立ち歩きの多い児童生徒を叱って席につかせる。
 ・ 練習に遅刻した生徒を試合に出さずに見学させる。
▶文部科学省「学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰等に関する参考事例(2)」より



連載一覧はこちら

▶【第1回】知らないうちに!? 実は教室でマルトリートメント、起きています
 (JFPA情報3月号(第12号) 2-3面)


▶【第2回】これって教室マルトリ?教師も子どもも気持ちよく過ごせる教室へ

▶【第3回】一人より二人。学校が連携して動くには

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