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OC/LEPが私の医師人生をどう変えたか

OC/LEPが私の医師人生をどう変えたか<31>
これまでもこれからもOC/LEP!

第828号


エナレディースクリニック(北海道石狩市) 木村 美帆

医者を目指したきっかけ

 私は、左手に短指症をもって生まれました。指は5本あり、それぞれ動かせますが、短縮、関節欠損、ゆがみがあります。握ると、その不規則な指がきれいに収まるため「胎内で握ったままだったの?」「いつか伸びてくるかな?」と幼いころは思っていました。なぜ、自分の手は正常に発育しなかったのか。考えれば考えるほど、人体・生命について興味が湧きましたが、当初から医者を目指していた訳ではなく、指のせいでできないことがあるのは悔しくて、普通以上を目標に部活(剣道)やピアノに打ち込んでいました。

OCとの出会い

 高校3年で進学を考える段階で医者を目指し、医学部を卒業したのは2000年。幼少の思いから整形・形成・産婦人科で進路を悩みましたが、新しい命の発生から誕生までを見られ、命を育む女性の体を一番理解できる科であることから、産婦人科を選びました。実際働くようになると、予期しない妊娠に悩まれた末の中絶、未受診の妊婦、性感染症によるトラブル、長年の月経痛からの重症子宮内膜症、受診遅延による進行がん、妊娠と同時に子宮頸(けい)がん判明など、人生の様々なステージでのトラブルが患者さんの数だけ多様に存在することを目の当たりにしました。しかし、大学病院・地方の拠点病院などに勤務中は、ひたすら病気に対し、どう治療するか受け身の治療一択で、一人一人の女性の背景などを考慮したヘルスケアまでは支援できていない状態でした。その後、07年医局を辞めクリニックに勤務するようになり、OCと出会うこととなりました。大学時代と違い、自由に学会や講演会に参加できるため、OCに熱心な先生たちの話を聞く機会が増えたことで避妊やSRHRの重要性を知り、OCやその副効用にも魅了され、理解の深まりとともに声かけや処方する機会も増えました。同期入局だったT先生に誘われ参加した、北村先生が会長を務め08年に開催された第49回日本母性衛生学会で避妊教育ネットワークメンバーが披露した劇「It's a OC World」でみた光景は、今も忘れられません。

患者さんとのかかわり方を教えてくれたOC/LEP

 09年、院内にピル外来が立ち上がり、熱心なスタッフの活躍によるニーズの掘り起こしや、保険適用のLEP製剤発売の後押しもあって、処方は増えていきました。患者さんが何に困りOC/LEPを必要としているか、どの種類が良さそうか、適さない場合に何ができるか、患者さんが訴えること以上の話を聞き出す接し方、患者さん自身にも理解を深めてもらう方法など、たくさん学ばせてもらいました。全てが今の自分の診療の軸となり、糧となっています。

これからもOC/LEP

 20年にクリニックの経営母体がかわり、残念ながらピル外来は廃止となりました。月経困難症に対してもOC/LEP以外の選択肢も増えましたが、今後もOC/LEPは女性のQOL向上やヘルスケアに重要であることに違いありません。私自身もOCの恩恵を受けた一人です。適切な時期、必要な人に服用いただき、メリットを享受してもらいたいです。
 今のクリニックに勤務して16年。当初の患者さんは投薬を卒業した方も多いのですが、自分の娘さんを連れてきてくれることが増えました。月経トラブルがありながら受診につながらないことが多い中、昔まいた種によって早い受診につながり、未病の段階=早期からホルモン療法を行うチャンスがあるのはうれしい限りです。全ての女性が適切な治療を受けることで、月経にまつわる不快な症状や疾患から身を守り、活躍されていくことを期待して、これからも日々の診療に取り組んでいきます。


今月の人

木村 美帆(きむら・みほ)
2000年札幌医科大学医学部卒業。同年、札幌医科大学産婦人科医局へ入局。大学附属病院および道内各地方都市の関連病院に勤務後、07年より石狩市のエナレディースクリニックに勤務。


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