職域保健の現場から

職域保健の現場から<63>働き世代の睡眠支援~総合健康保険組合における小売業中小規模事業所への睡眠支援~ 株式会社KenVid 保健師・産業カウンセラー 田中 格子


 職域保健の現場で活躍されている方にさまざまな取り組みをご寄稿いただいている本連載。今回は、株式会社KenVid 保健師・産業カウンセラーの田中格子さんに、小売業中小規模事業所で行われている働き世代の睡眠支援についてご紹介いただきました。ぜひご覧ください。(編集部)


はじめに

 株式会社KenVidは、「働く人々が安心・安全な職場で、健やかにイキイキと働ける社会の実現」を理念に、保健師や管理栄養士が、健康保険組合の保健事業および産業保健業務を行うアウトソーシング会社です。今回は、私たちが保健事業の実務に携わっている、D健康保険組合(以下、D健保)での働き世代を対象とした睡眠支援の取り組みをご紹介いたします。

D健保の概要

 D健保は、スーパーマーケットや百貨店等の小売業を中心とした中小規模事業所264社、約18万人(2025年9月時点)が加入しています。加入者の約6割を女性が占め、更年期層が多くなっています(図1)。また、社会保険の適用拡大により、パートタイム雇用者の加入が進み、事業所単位では約5年で半数の者が入れ替わるなど、非常に流動的な構成です。また、加入事業所規模は従業員100人未満の事業所が半数を占め、専任の産業医や保健師の在籍する事業所も限られています。こうした健康支援の体制が十分とは言えない背景から、D健保では、事業所とのコラボヘルスにより、疾病予防や重症化予防、健康経営支援の保健事業を展開しています。

図1 年齢階層・男女別人数構成・平均年齢の推移

D健保の睡眠に関する背景・課題

 D健保では、循環器系および内分泌系の医療費の高さが顕著であり、特定健康診査・特定保健指導の実施に注力してきました。その中で、被保険者の業務特性やライフステージを考慮した睡眠のセルフケア力の向上と、専門職による個別性のある支援が課題と感じています。まず、小売業では、早朝準備や閉店後対応、繁忙期の長時間勤務等、不規則な勤務が構造的に生じやすく、睡眠を含め生活リズムが乱れやすい傾向があります。他健保との比較において、特に男性では「睡眠時間が不十分」「朝食を食べない」「夕食が遅い」割合が高い状況です(図2)。その結果、起床時の疲労感や日中の眠気といった症状を訴える方もいます。また、更年期にある女性では、不眠の悩みを抱えながらも、本人が更年期特有の体調変化に起因している可能性に気付かず、我慢し続けていることも少なくありません。
 さらに、明らかな睡眠の問題を抱えている中「困っているが相談先が分からない」といった声もあります。ご自身で解決しようとした結果、寝付きを良くするための飲酒など、望ましくない対処によりかえって不調が長引くケースも見受けられます。

図2 特定健康診査の問診結果(他健保とのデータ比較)「保健事業ガイドブック」(2025年3月)より

睡眠支援の取り組み

 以上の状況を踏まえ、D健保では、既存の保健事業をうまく活用しながら、2つのアプローチで睡眠支援を行っています。
1. PHRを活用したポピュレーション・アプローチ
 D健保では、年間を通して睡眠を含む健康支援プログラムを展開しています。健康支援プラットフォームを活用し、日々の生活習慣改善に取り組む参加型イベントの他、クイズ形式による学習機会の提供や快眠のポイント解説を発信しています。また、インセンティブ制度を全体に組み込むことで、参加しやすく継続につながる仕組みづくりを進めています。保健師としては、加入者の関心を高め、ヘルスリテラシーの向上と行動変容を促す支援となるよう、工夫しながら施策の提案を行っています。
2. 特定保健指導を通じた個別支援
 まず、特定健診の問診票や面談申込時のアンケート、当日の面談内容から、睡眠に懸念のある対象者に対して、保健師や管理栄養士が睡眠状況や睡眠に関わる生活習慣、自他覚症状、勤務状況、女性については月経の状態などをヒアリングしています。そして、オリジナル資料(図3)を用いて睡眠の基礎知識を伝えつつ、本人の取り組みやすい行動目標を一緒に検討しています。面談を契機に、睡眠パターンの見直しや睡眠環境の調整、仮眠の導入、食事や嗜好品の改善に取り組む方も多く、「目覚めがスッキリ」「朝までぐっすり眠れるようになった」という声も寄せられています。また、睡眠障害や更年期による影響が疑われるケースでは、医療機関受診の動機付けを行い、病院情報を案内した上で、必要に応じて保健師がフォローアップするなど、適切な医療へつなぐ体制も整えています。

図3 睡眠に関する情報提供資料「健康サポートBOOKver9」より(特定保健指導や健康イベントにて配布)

保健師活動を通して考える事

 総合型健保による支援は、本人や事業所との接点が限られ、関わりが断続的になりがちです。だからこそ、限られた機会の中で、最適な支援を届けられるよう工夫を重ねています。まずは、加入者の特性に応じて作成する資料です。新規加入者の中には、十数年ぶりに健診を受診したというような方も少なくありません。睡眠に限りませんが、資料をみて「まさに私のことだ!」と気付きの生まれやすいコンテンツを目指し、対象理解に努めながら、視覚的・直感的に理解しやすく、行動に移しやすいメッセージを発信するよう心掛けています。
 また、「自分の健康は自分でつくる」「職場の健康は自分たちでつくる」という主体性を育む土壌づくりを意識することも大切だと思っています。その鍵の1つが、職場のキーパーソンの存在です。私たちが年間で接する加入者は、全体のごく一部ですが、その中には役員や店長、衛生管理者なども含まれます。こうした方々に睡眠の重要性や正しい知識を届け、自ら実践し効果を実感していただくことで、次に部下や同僚を支える存在となり、職場全体へ健康意識や行動が波及していくことを期待できると考えています。貢献できることは多くはない立場ですが、実際に「(面談参加者の)〇〇さんが食堂に資料を置いてくれていた」「店長に言われて(夕方以降の)コーヒーを控えた」などの例もあり、地道な働きかけを積み重ねる意義を感じています。

今後の展望

 睡眠支援については、今後定量的評価も検討し、支援内容や施策改善に生かしたいと考えています。また、睡眠は労働環境の影響も大きく、個人の努力だけでなく企業の主体的な取り組みが欠かせません。加入事業所の中には、健康経営の推進とともに、残業削減や勤務間インターバルの確保により、「帰宅が早まり睡眠時間が増えた」「今の会社に転職し生活が規則正しくなった」という声も耳にするようになりました。こうした変化は、従業員の健康のみならず、組織の活力向上にもつながっていくと感じています。
 睡眠は、誰もが自分事化し取り組みやすいテーマの1つだと思います。今後も、事業所とのコラボヘルスを通じて、中小企業で働く人々の健康を下支えする一助として、保健師活動に取り組んでいきたいと思います。

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