はたがや日和

はたがや日和~JFPA相談室へようこそ~【858号】

思春期・FP相談LINE/避妊のためのピル&アフターピル相談室 相談員 中尾 光子

 私たちは、LINE相談を通して性に関する正しい知識や情報を伝えています。しかし手軽なコミュニケーションツールである一方で、相手の状態が見えず、相談の背景にある心理的な問題に対応しきれないもどかしさを感じることも少なくありません。
 高校生の男子から受けた相談。勃起や射精といった機能的な問題はないにもかかわらず、「男性不妊ではないか」という強い不安を抱えていました。性器を硬いものに押し付けてマスターベーションを行う習慣があった彼は、その行為が腟内射精障害のリスクを高めるという情報を知り、すぐにやり方を変えることができました。しかし、インターネット上で「やり方を変えるには時間がかかる」という情報を見つけたことで、自身のマスターベーションの方法は「間違っている」と思い込み、「正しいマスターベーションの方法」を何度も尋ねてきました。
 マスターベーションには決まった「正解」はなく、①プライベートな空間で、②強い刺激を避け、③他人を巻き込まず、④後始末まで自己完結する―という基本的なルールを守り、自分なりの方法を試行錯誤して見つけることが重要だと伝えています。また、明らかな生殖機能障害が疑われる症状がないので、将来パートナーと子どもを望む際に必要であれば専門機関に相談すればよいのですが、彼は具体的な「正しい方法」に固執し、私たちからの説明をなかなか受け入れることができませんでした。そして、マスターベーションをしようとすると緊張し、生きることがつらく絶望しているとまで訴えました。
 多くの相談では、マスターベーションのルールやメリット、デマについての情報を提供することで相談は終結します。しかし、この事例のように「正解」に強く執着したり、それが得られないと自分を否定したり、いら立ちを募らせるなど、知識や情報を伝えても、相談者が訴える問題には届かないケースもあります。ありもしない「正解」へのこだわりはどこから来るのでしょうか。彼の背景を知ることはできませんが、相談からは家庭や周囲から求められる「こうあるべき」という固定的なイメージに縛られているのかもしれないと感じました。彼の悩みは、単なる将来の生殖能力への不安というよりも、現在の歪んだジェンダーアイデンティティーの問題や、男性の性に対するプレッシャーが根底にあるようにも思えました。
 性教育が遅れている日本では、社会には根強いジェンダーバイアスが残り、さらに近年、ジェンダーの多様性を否定し、過去の性役割を取り戻そうとする言説が見受けられるようになりました。それが子どもたちの「あるべき姿」への強迫観念につながっているのかもしれません。知識が足りないことによって偏見が温存され、その偏見がまた情報の受容を妨げるといった悪循環が生じているのではないかと思います。私たちは、こうした状況に、子どもたちに自分らしくあってよいことを伝えていき、子どもたちが自分を否定して必要以上に苦しまなくても済むよう、「性の悩み」の背景にも寄り添っていきたいと思います。

バックナンバー
家族と健康