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ピル承認秘話

ピル承認秘話
–わが国のピル承認がこれほど遅れた本当の理由(わけ)–
<第10話>経口避妊薬許可近し?

第778号
ピル承認秘話
一般社団法人日本家族計画協会 会長
北村 邦夫

 「経口避妊薬許可近し?賛否両論の渦中にあって」―1964年9月15日発行「家族計画だより」(第83号)の一面トップ記事で、この見出しが躍っている。99年6月の承認までに何度となく繰り返される「ピル承認予報?!」。
 期待は常に裏切られるわけだが、今回はその最初の出来事を、紙面からかいつまんで紹介したい。
 紙面冒頭、「ビタミン剤のように、口からのむことによって女性の排卵をおさえて、妊娠を予防するという避妊薬を、厚生省が許可に踏み切る見通しが強まってきた。この薬は避妊効果でいえば、のみ忘れない限り百パーセントという確実なもの。それにもかかわらず、業界から申請が出されて以来、すでに四年近くも据え置かれ、未だに許可に疑問を持つ学者も少なくない。この避妊薬とはどんなものか、どういう点で反対されるのか、さらに反対論に対してどのような弁護がなされているか、発売された場合の問題点はどこにあるか。(後略)」との編集サイドからの投げかけがあり、次のような解説が続く。
 60年5月、米国が経口避妊薬(ピル)を承認した。同年12月に日本では大日本製薬がエナビット錠を避妊薬として承認するよう申請した。厚生省では、経口避妊薬調査会を設けて検討したが結論は出なかった。
 62年2月には、塩野義製薬がノアルテンS錠を、続いて5月には帝国臓器がソフィア錠を申請した。
 そこで厚生省は、非常に厳しい基準を設けて、厳密なデータを申請書に添えて提出するよう各社に要求した。
 折から、米国ではエナビットを服用して血栓性静脈炎になり死亡したとの事例が報告されていた。また、サリドマイド系睡眠薬による奇形児問題が世界を震撼(しんかん)させ、続いては黄体ホルモン剤による女児の半陰陽、さらには、薬事法の不備からくる睡眠薬遊びの流行等々、各社は追加実験を余儀なくされ開始していたが、承認にはほど遠い世情であった。
 しかし、63年10月に先頭を切って大日本製薬が、続いて塩野義製薬、帝国臓器もそろって追加データを提出した。他の薬品販売許可でこのように長い間検討されたものはなかった。
 ここに至って、厚生省は医学的、薬学的に十分な検討が行われたということ、効果は百パーセントで副作用は微少という理由で承認に踏み切ろうとしている。
 なお実際発売にあたっては、医師の処方がなくては売らせない。問題が起これば医師が常にチェックできるようにする、学術雑誌の他は広告させない、ということを考えている。



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