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ピル承認秘話

ピル承認秘話<第39話>
ピルを巡る動きが加速

第807号
ピル承認秘話
一般社団法人日本家族計画協会 会長
北村 邦夫

 エイズの蔓延を危惧する公衆衛生上の見地からピルの承認が突然先送りになってから、ピルを巡っては何かと騒々しさを増していた。以下、時系列で追った。
 1993年10月19日、第128回国会において横光克彦衆議院議員(当時)が、「低用量ピルに関する質問主意書」を提出。11月9日、当時の細川護熙総理大臣から答弁書が送付された。結論は、「現在、なお慎重審議中」という答弁にとどまっていた。
 94年2月8日に開催された配合剤調査会では、申請会社すべてのピルに関する有効性・安全性の審議は終了し、使用上の注意や公衆衛生上の問題を残すだけとなった。以降、ピル承認に向けての残された課題は「エイズとピルの間に介在する誤解」だけであり政治的な決断にかかっていると考えられていた。政治的な解決と、女性自らがその重要性を理解することがピル承認の前提になると判断されることから、日本母性保護医協会(現日本産婦人科医会)の坂元正一会長の指導で、「働く女性のリプロダクティブ・ヘルスを考える」というシンポジウムを女性のジャーナリストを対象として開催することを企画。本会もこの提案に賛同した。
 さらに本会としては日本性感染症学会や日本産科婦人科学会と協同で、国際エイズ会議の前にサテライトシンポジウムを企画。「エイズ時代における家族計画とは」というテーマで行うこととなった。本シンポジウムに対しては、当初OC連絡会が全面的に協力する予定であったが、各社の事情で足並みがそろわなくなり、日本シエーリング社だけで後援することになった。日本オルガノン社も国際エイズ会議でICRR(生殖研究国際委員会)と坂元正一会長の協力を得て展示を行った。
 一方、本会医学委員会の我妻堯先生と筆者は社会党の堂本暁子参議院議員(当時)をはじめ、女性議員にピル承認に関わる諸問題を提起したところ強い反応があり、超党派でこの「リプロダクティブ・ライツ」をテーマとして組織運動を展開していくこととなった。
 94年5月24日に開催された全国助産婦教育協議会総会において、当時の参議院議員である南野知恵子(自民党)、乾晴美(民主改革連合)の両議員があいさつに立ち、「わが国の女性は晩婚化傾向を示し、しかも有職人口の急増している状況で、家族計画は非常に重要な問題となってきている。世界において避妊法の主流となっている信頼性の高い低用量ピルは、わが国においてその認可が未解決の状態になっている。諸外国にくらべ日本は避妊について、最も遅れを取った後進国といえよう」と述べた。



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