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一般社団法人 日本家族計画協会

機関紙

【第673号】 平成22年4月1日発行(2010年)

2010年04月 公開
4月号の目次

・編集帖

・活発な活動 U-COM総会開催

・性教育の授業と相談活動
成人病胎児期発症(起源)説からみた胎内低栄養環境の意義
思春期性教育 今、大切な指導のポイント<1>
・平成22年「女性の健康週間」イベント 厚労省が開催
避妊教育ネットワークリレートーク<1>日本家族計画協会クリニック所長北村 邦夫

 

 「成人病胎児期発症(起源)説からみた胎内低栄養環境の意義

胎児期からの〝生活習慣病〟予防

 

成人病胎児期発症(起源)説からみた胎内低栄養環境の意義

 

早稲田大学胎生期エピジェネティック制御研究所教授福岡 秀興

 


はじめに―――

今は少産少死と高齢化が急速に進行していますが、何よりも生まれてくる次世代が健康であることが第一に考えられなくてはなりません。人口が減少しても、病気が少なく健康であって、活力のある人々で構成される社会であれば、世界に対しても発信出来る社会であり続けることは可能ではないでしょうか。
私達の世代の責務は、次世代の健康が重要であることを説き広め、健康な次世代が生まれる環境を整備することにあります。しかし必ずしもそうではない状況が進行しているのが今の日本です。
1986年英国のバーカー(David Barkar)先生が「成人病胎児期発症(起源)説」という、成人病(生活習慣病)の発症機序として新しい考え方を提案しました。この説の重要性を世界が気付き、多くの疫学研究や動物実験が行われてきています。
現在ではこの考え方は間違いないとされています。この考え方は次世代の健康を確保する基本になるとともに、疾病に罹患するリスクがある児〔胎内で低栄養に晒されて育った児〕に対しては、生活習慣の指導を早期より開始していけば、効率的に発症予防が可能となることも示しています。また妊娠中の栄養が適切であればその素因が作られる可能性は少なくなりますので、たとえ厳しい生活習慣に晒されても成人病の発症リスクは低くなります。その意味では成人病を予防するうえで最も効率的で基本的な考え方といえます。多くの人々に知っていただきたいと思います。


成人病胎児期発症(起源)説とは
成人病は、今は「生活習慣病」といわれています。病気を起こす原因となる遺伝因子があるとの考え方から、成人病を発症した人々の遺伝子(SNPs、遺伝子多型)の分析が精力的に行われています。
確かに疾病を起こす特殊な遺伝子を持つ人もいますが、絶対数からいいますとむしろ少なく、これだけ急激に増加し多発している成人病の全ての原因とは考えられません。英国心臓財団は既に、「虚血性心疾患は特殊な遺伝子多型のみで引き起こされるものではなく、生活習慣でもすべての発症原因を説明できるものでもない」と結論づけています。
そこでそれ以外の要因として、20年前から英国サウザンプトン大学の疫学者バーカー先生が成人病胎児期発症(起源)説を唱えているのです。これは「受精した時点、胎芽期、胎児期、その後の乳児期に、栄養状態が悪い状況で育った場合には、成人病になる素因がつくられ、その素因は生まれた後も変化することはない。その素因を持った状態に、マイナスの生活環境(運動不足、ストレス過多、高栄養等)に曝露されるとそこで疾病が起こる。病気はこの二段階を経て起こる」という考え方です(feta1 origins of adu1t disease: FOAD)。
この視点に立って、現在は疫学、動物実験、分子レベル等多方面にわたって大掛かりな研究が行われています。


成人病の素因が胎児期に形成されるメカニズム
 

   
 
 
   

 胎児期あるいは新生児期の低栄養状態が何十年かの後に、成人病の発症に関わってくるのは不思議に思われるかも知れません(表1)。そのメカニズムには三つあります。まずは解剖学的な構造変化が起こることです。第二は低栄養で生き抜くための代謝適応が起こりそれは出生後もそのまま続くこと。第三にストレスに暴露されると抵抗性が低いということが挙げられます。
構造が変化する例として、胎内低栄養に暴露されると一旦形成されていた腎臓糸球体〔血液中の老廃物をろ過する重要な組織〕はアポトーシス〔細胞自ら自然死を起こす現象〕を起こして数が減少するという現象が挙げられます。出生後はこの少ない腎臓糸球体で一生を生きることになるのです。
死亡した方の腎臓を取り出し、腎臓糸球体の数を丹念に顕微鏡で調べた研究がありますが、出生体重の少ない人は、腎臓糸球体数は少ないことが確認されています(図1)。その糸球体の数が少ない場合、長い時間が経つうちに、一つ一つの糸球体にはより多くの負荷がかかることになり、やがて高血圧が起こり、更に進行すると腎硬化症、腎不全に進展することとなるのです。
現在動物実験で、その数が減少する機序の一部は、解明されています。本態性高血圧の起こるのはこの腎臓糸球体の数が少ないことにより起こるという説もあります。
第二として、栄養の悪い子宮の中の環境でも生き抜くために、低栄養に適応した代謝の変化が起こります。低栄養状態では生理活性物質の受容体、情報伝達系等の多様な代謝応答機構が、栄養状態が良い場合とは異なったものとなってしまいます。
不思議なことですが、胎内で一旦形成されたこの適応反応は、生まれた後も変化しません。これは低栄養に適合したものであり、生まれた後も子宮内と同じ状態であれば良いのですが、今は飽食の時代ですから、過量な栄養を摂ることになり、体はそれに適切に対応できなくなりやがて疾病が生じることになるのです(ミスマッチ)。
即ち小さく生まれた場合は、同じエネルギーを摂ったとしても、少ない栄養状態に適合した代謝系では、同じ栄養量であっても、それは過剰な量となって肥満となりやすいのです。体重が相対的に少なくてもBMIの増加率でみると多くなります。


今の日本の現況
早産・満期産を含めて出生体重2500グラム未満を低出生体重児といいますが、日本ではこの低出生体重児が先進工業国のなかでも類を見ない程、増加しています。
以前は、日本の食糧事情が悪く、低出生体重児の頻度は多かったものの、1980年代までは、経済的な発展があり食糧事情が良くなり妊婦の栄養状態は改善し、その頻度は減少していきました。ところがその後半からは低出生体重児が増加してきています。これは増加し続け、2004年には9・44 %、2007年には9・7%となり、増え続けています。10%を越えている各県や都市が既に出ています。
これは外国と比べると極めて特異な現象なのです。発展途上国では、低出生体重児の頻度は25%を超えている地域もありますが、栄養改善により減少しています。先進工業国でもダントツに高率です。10人生まれると1人が低出生体重児であるという状況です。詳しく見ますと、低出生体重児は早産と満期では40対60と満期の単胎児の方が多いのです。
出生体重が少なくなる原因は、数多くあります。例えば多胎の場合です。また第一子と次の子では第一子のほうが小さく生まれることが多いのです。妊娠高血圧症候群(以前は妊娠中毒症)や重症の妊娠糖尿病では胎盤機能の低下があり、体重が少なくなります。他にも胎盤の機能が低下する病気がある場合にも体重は少なくなります。
しかし、今挙げた原因のあるお母さんにのみ小さい赤ちゃんが生まれるとすれば、そうでないお母さんから生まれる赤ちゃんは以前と変わらないはずですね。しかし生まれる子ども全体の体重が減ってきています。そうすると赤ちゃんの体重が減ってきている原因はそれ以外にあると考えなくてはなりません。
全てを説明できませんが、妊婦の栄養状態が悪いことが挙げられます。栄養が不足した方が増えているのです。第二次世界大戦中やその後の状況に近い低栄養のお母さんもいます。やせた状態(BMI18・5 未満)で妊娠しているお母さんが増えています。また喫煙しているお母さんも増えています。
以前妊婦は赤ちゃんの分を合わせて、二人分の栄養を摂るべきとされてきました。当時、実際に妊婦指導に当たっていた保健師、管理栄養士、看護師の方々は、妊婦の栄養は妊婦指導で最も大事なこととして積極的に栄養摂取を薦めていたと聞きます。
ところが1980年代から妊娠高血圧症候群、妊娠糖尿病などの発症予防も含めて、過量な栄養は摂るべきでないという指導が行われるようになったとのことです。実際に指導に当たっていた方の中には、「以前とは反対の栄養指導を行うようになりました。その理由が充分理解できないままに、今に至っています」とすら言われる方もあります。
妊娠中の体重増加だけを考えても、ある程度の体重の増加は必要です。一律に全ての妊婦は7~8キログラム以下にするのが望ましいと変化していったようです。その根拠となる、児の将来の健康が確保出来るという根拠を示すデータは全くありません。


「妊産婦のための食生活指針」

   
 
 
   

 現在の状況に対して、厚生労働省「食を通じた妊産婦の健康支援」検討会より、「妊産婦のための食生活指針」、日本産婦人科医会から「妊娠中の食事と栄養」が出ています。厚労省の指針はインターネットからダウンロードできますので是非一読を薦めます。解かりやすく解説した「妊産婦のためのバランス食生活ガイド」も発刊されています。
成人病リスクの低い理想的な出生体重は米国で3800グラム、インドで2800グラムということが明らかとされており、日本でも将来次の課題として成人病の発症リスクが最も少ない理想的な出生体重を確保するとの視点からの指針が検討されるものと期待しています。
私見ですが、日本人にとっての理想体重は以前の様に3000グラム以上ではないかという印象を持っています。一部では、今もなお、一律に妊婦の体重増加の制限が行われていると伝聞されます。何とか改善していきたいものです。
日本には母体死亡あるいは妊娠合併症(妊娠性高血圧症候群、妊娠性糖尿病など)の発症を予防することに重点を置いた世界一の素晴らしい妊婦健診システムが構築されています。周産期死亡率の低さなどは世界に誇る典型例です。改めて、やせ群、肥満群、普通群に分けた肥満度ごとの体重増加量に従って栄養指導を行い、健康な次世代が生まれるように努力しなくてはなりません。「妊産婦のための食生活指針」を参考にしていただきたいものです(表2)。

次世代の為に
それでは胎児期から健康な次世代を育むにはどうすればよいのでしょうか。
①妊娠以前
 健康な栄養状態で妊娠することです。妊娠に気付いた時点では遅いのです。妊娠に気付いた時は、既に受精卵から胎芽にまで発育しており、激しい細胞分裂の途中です。何を置いてもこの時には、理想的な栄養状態が必要とされます。エピジェネティックスの変化が強く起こりやすい時期でもあります。
妊婦さんに食事指導すると、「とてもそんなに大量の食事は摂れません」といわれるとよく聞きます。このことは、子どもの時から充分な栄養を摂る習慣が身についていないということを示しています。またやせた女性が多すぎます(図2)。栄養が十分摂取できている女性が少ないのです。
今二分脊椎症という先天奇形の児が増えています。この原因の多くは、葉酸の妊娠初期の不足で起こるといわれています。奇形の発症を予防するために、妊娠する数か月前から妊娠初期に至るまで葉酸を積極的に摂取するべきであると盛んにいわれています。
これは、二分脊椎症の児を産んだお母さんのみに葉酸の摂取が不足していたということではなく、奇形を引き起こす一歩手前の葉酸不足のお母さんも増えていることを示しており、葉酸を含めて、多くの妊娠前の女性の栄養状態が望ましくないことを示しています。
なお葉酸は、奇形予防のためだけに必要とされているのではないことも理解してください。全ての妊娠期間中に必要で重要な栄養素なのです。これがあまり理解されていない風潮があります。葉酸を、全妊娠期間を通じて十分摂ることは、胎児の発育を促し、妊娠高血圧症候群を予防することにもつながります。また食事のみからは充分量が取れない可能性がありますので、サプリメントを必ず考慮してください。
②妊娠中
 妊娠中の栄養は重要です。その目安として、体重増加量が一つのよいマーカーになります。またBMI25以上の肥満の方は、主治医とよく相談して増加量を決めていくことです。
更に注意すべき点ですが、妊娠中体重が増えたからと体重を減らすことは絶対に避けてください。妊婦健診の日が近いから、それに向けて体重を減らすなどの危険なことはしてはなりません。体重が減ることは、お母さんの脂肪を燃やして不足分を補っていることなのです。一過性であっても胎児には望ましいことではありません。
③授乳期
 可能であれば母乳で育ててください。少なくとも6か月は母乳が望ましいのです。また積極的なスキンシップ、目と目を合わせた話しかけ等は脳の発育に相当影響することが明らかになりつつあります。もし小さく生まれた場合には特に積極的に働きかけるべきと思います。それは児にストレスに強い内分泌環境を作り上げていくともいわれています。
母乳は、古くから母子相関関係の確立、感染に対する抵抗力を与える等がいわれてきました。今新たに将来の成人病を予防する効果もあることが明らかとなりつつあるのです。 
勿論母乳の出ないお母さんもいますが、より大事なのは充分なスキンシップです。精神的な余裕、体力がこの期間は必要です。その体力を発揮するためにも妊娠前、妊娠中の栄養と体力作りは不可欠といえます。

最後に―――
「妊産婦のための食生活指針」は今の日本の状況に対し、どうすればよいかとの指針であり、大いに活用していただきたいと思います。米国、インドでは理想の出生体重は3800グラム、2800グラムでありますが、今の日本では何を置いても2500グラム以下の児を少なくすることが緊急の課題です。また多くの解説本も出ているので参考にしていただければと希望しています。一人でも多くの健康な次世代が育っていくことが望まれます。
〈文献〉
1)福岡秀興監訳、デイビッド・バーカー著、藤井留美訳「胎内で成人病は始まっている」、ソニーマガジン社(東京)、2005
2)厚生労働省「妊産婦のための食生活指針」
http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/02/h0201-3a.html
3)妊娠中の食事と栄養(2006年改訂版)、日本産婦人科医会、平成18年4月

〈執筆者紹介〉
 兵庫県出身。医学博士。昭和48年東京大学医学部医学科卒。同産婦人科学教室助手、米国ワシントン大学医学部薬理学教室、香川医科大学講師、東京大学大学院助教授等を経て現職。産婦人科生殖内分泌学の視点から、妊娠中や思春期の食の問題に取り組む。

 

 編集帖

▼本会の「遺伝相談センター」は、日本で初めてのセンターとして、1977年(昭和52年)に当時の厚生省の助成を受けて設立され、32年間にわたり活動してきたが、このたび平成22年度からの補助金の打ち切りにより、センターとしての運営が困難な事態となったことは真に残念と言わざるを得ない。この間多くの方々からご指導ならびにご支援いただいたことを感謝申し上げたい。
▼センター設置当時の医学教育には「人類遺伝学」や「臨床遺伝学」が欠落しているといわれ、遺伝相談のニーズの高まりに伴い、本センターへの期待は大きなものがあった。医師を中心とした遺伝カウンセラーを養成することと、保健師や助産師などのコメディカルも十分な遺伝の知識を持って日常の業務に当たることが必要とされた。これらのマンパワーの養成を行い、遺伝相談サービスを提供できるネットワークを構築することが大きな使命だった。今までに養成セミナーを受けた人数は、医師等が約2200人、コメディカルにおいては約6200人にも及ぶ。
▼本会の遺伝カウンセラー養成セミナーは「ロールプレイ」、「当事者の話」などを通じてクライエントと向き合う手法が特徴で、受講者からの評価は高い。カウンセラーはコミュニケーションを図り、相手の立場を理解して必要な情報をしっかりと伝えることが、いかに大事かを知ることになる。
▼受講者からの感想は「(これまで)当事者の悩みをじっくり聞くことはなかった」「医者への期待の大きさが伝わり、心にしみた」「先端の医学、科学だけでは問題の解決にはならないことが分かった」「知識だけのカウンセリングはすべきでない」など。遺伝カウンセラーの養成は引き続き本会が継続していくので、関係各位のご支援、ご協力を賜りたい。 (SS)

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