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東 哲徳 |
おもいやり
東クリニック(東京都渋谷区) 東 哲徳
奇跡の星と奇跡の存在
「おもいやり」、これが私のキーワードです。井上ひさしの作品の中に、要約すると次のような文があります。
「この宇宙には約4兆の惑星があります。4兆の惑星の中に地球があります。まさに地球は奇跡の星です。奇跡の地球に生命が生まれたのも奇跡です。何億年もかかって命が人間にまで進化したのも奇跡です。何億何兆もの奇跡が積み重なった結果、あなたも私も今こうして生きているのです。今生きているというだけで、もうそれは奇跡の中の奇跡なのです」
このフレーズは、私が思春期教育(性教育)講話を行うときのスタートで使うフレーズです。
私たちは奇跡の星・地球と、奇跡の存在である私たち自身を大切にしているでしょうか。地球は人間の都合や利便性、効率の追求の結果により、膨大な自然破壊が繰り返され、いまだかつて想像し得なかった大規模な地殻変動、温暖化、異常気象まで招来してしまいました。利益を追求する思考・集団は今後もこの状態を是とするのでしょうか。自分たちが正しいと信じ、他の宗教、思想、文化、人種を否定し、何ら目覚めることがなく、さらなる地球の破壊を進めるのでしょうか。戦争は「おもいやり」の最大の欠如です。戦争は時間とお金の最大の無駄なのです。「おもいやり」はその無駄を防ぐことができます。
国(全)の「おもいやり」
私たちの日本も、掛け替えのない命が使い捨てにされた悲しい戦争の歴史を持っています。国は個々の存在に対して「おもいやり」を持つ責任があります。極端に言えば、国の政策は子どもたちの健康に多大な影響を与えます。現在問題になっている小児貧困はその最たるものです。この豊かに見える社会にも経済効果の不均等による格差により、学校の費用、給食費、歯の治療はもちろん、ピル、コンドーム、生理用品すら買えない子どもたちがいることを為政者は知っているのでしょうか。子どもの貧困率は急激な上昇を続けており、2012年にはおよそ6人に1人が貧困となっています。「子どもの貧困対策の推進に関する法律」は施行されていますが、18歳になると打ち切られてしまう法律なのです。
個人(個)の「おもいやり」
個人としての私たちには何が重要でしょうか。「おもいやり」の形はどのようなものでしょうか。自分の好きな人に、精神的・身体的・社会的・経済的にダメージを与えることや、自分自身が存在する時間・場所・空間にダメージを与えることは「おもいやり」のない形です。性感染症予防のコンドーム、望まない妊娠を回避するための避妊は相手に対する立派な「おもいやり」です。自分が不愉快だと感じることはほとんどが「おもいやり」のないものです。有害なスマホの使い方は、いじめや援助交際、危険ドラッグや犯罪にまでつながります。電車内での化粧、児童ポルノ、虐待、危険ドラッグ、DV、汚い落書き、たばこのポイ捨て、酔っぱらいの嘔吐、駅前の不法駐輪などは、身近にある「おもいやり」の欠如の表れです。
「おもいやり」の行動は、時に勇気を要することがあります。疲れていても席を譲る、目の不自由な人に手を差し出す行為などはその例です。日本人は過日、ブラジルでのサッカーワールドカップで、試合には敗れましたが、試合後につらい気持ちを持ちながらもスタンドのごみ拾いを行い、世界の賞賛を浴びました。
産婦人科医によるピルやコンドームの教育は、全と個に対する「おもいやり」のスタートなのです。
【今月の人】 東 哲徳
1946年宮崎県出身。1981年東京医科大学卒業。1996年渋谷区笹塚に東クリニック開業。
渋谷区産婦人科医会会長、東京産婦人科医会理事、東京都医師会学校医会委員、東京思春期保健研究会副会長。
2010年に東京都医師会表彰、2013年に日本家族計画協会会長表彰、2014年に厚生労働大臣表彰を受賞。