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一般社団法人 日本家族計画協会

機関紙

<14>奈良県立医科大学名誉教授 吉岡章

2016年05月 公開
シリーズ遺伝相談 特定領域編2

血友病



奈良県立医科大学 名誉教授

吉岡 章


血友病とは

 血友病は、X染色体上の血液凝固第Ⅷ因子または第Ⅸ因子の遺伝子異常に基づく出血症です。基本的には男性のみに発症します。出血が止まるのに欠かせない凝固第Ⅰ~因子のうち第Ⅷまたは第Ⅸ因子の活性が欠如~低下することで、適切な治療を施さないといつまでも止血しません。
 特に、激しい痛みを伴う関節内や筋肉内への出血を反復することが特徴で、出血予防や早期止血を図らないと関節・筋肉障害を来し、歩行など運動機能の制限をもたらします。この他、頭蓋内や消化管などいずれの臓器でも見られ、時には死亡や重い後遺症を残すことになります。
 止血用製剤が血漿由来であったことからHIVやB型・C型肝炎ウイルス感染という重大な事態を招きました。幸い、1985年以降はウイルス不活化処理が施され、今日では極めて安全な血漿由来製剤に加えて遺伝子組換え型製剤が市販され、医療費の公費負担と家庭・自己注射による出血予防(定期補充療法)や包括的ケアが進み、患者の生命予後、QOLは著明に改善されています。
 しかし、血友病医療の中で未解決な重要問題の一つは、本症が遺伝病(X連鎖劣性)であることであり、ここに「遺伝相談」のニーズがあります。


遺伝相談


 男性(46・XY)のX染色体上の第Ⅷまたは第Ⅸ遺伝子に異常があると、血友病AまたはBを発症します。AとBでは症状には差はありません。遺伝子異常の種類は多岐にわたりますが、第Ⅷ(Ⅸ)因子活性の値から、1%未満の重症、1~5%の中等症、5%以上の軽症に分類されます。
 男性患者の子どもでは男性は全て健常(非保因者)、女性は全て保因者となります。女性保因者と健常者との間に生まれる男児では患児と健常児が半々、女児では保因者と健常児が半々の確率で生まれます。血族内に患者のいない孤発例が約3割見られます。その場合、患者の母の多くは保因者であり、その父(患者の祖父)の生殖細胞の突然変異によると考えられています。


保因者(キャリアー)と保因者診断

 保因者とは、遺伝子をヘテロ接合体として持つ女性のことです。遺伝学的に見て、確定保因者と推定保因者に分類されます。確定保因者は保因者検査(後述)を行うまでもなく、正確な家系図から診断できます。推定保因者には、1人の患者を出産したが血族には他に患者がいない女性と、母方血族に患者がいるが血友病患者をいまだ出産していない女性とがあります。推定保因者では、希望があれば、遺伝相談の上、以下の保因者診断を行う意義があります。
①家系図(前述)
②凝固因子検査
 診断には血漿第Ⅷ(Ⅸ)因子定量が有用です。真の保因者の第Ⅷ(Ⅸ)因子は健常者の約50%です。これは胎生初期にいずれか一方のX染色体がランダムに不活化されることによります。不活化が不均等に生じると第Ⅷ(Ⅸ)因子が低下したり、正常値となったりします。低下が著しく(20%未満)、出血症状を示す場合は「女性血友病」と診断されます。血友病A保因者診断では第Ⅷ因子とともに血漿フォン・ヴィレブランド因子測定値の比(0・5以下)によって、より信頼度の高い診断が可能となります。
③遺伝子検査
 一般的に家系内患者の病因遺伝子が判明している場合に、末梢血白血球DNAを用いて、その存在の有無を確認します。


出生前診断

 確定保因者が妊娠した場合、技術的には実施可能です。診断に先立って、遺伝相談は極めて重要です。欧米を中心に約40年の歴史があります。
①性別診断
 羊水(細胞)検査による染色体分析(15~18週)、採取した胎盤絨毛(CVS)のDNA診断(10~14週)、超音波検査(13~18週)などによります。
②胎児診断
【胎児血採血】
 超音波下の経腹壁的穿刺による臍帯または胎児肝採血による因子定量(18~21週)
【CVS】
 絨毛DNAを用いた血友病遺伝子検査(10~14週)
 それぞれの手技には一定(0・5~2%)のリスク(胎児死亡を含む)は避けられないものの、上記の組み合わせによって、妊娠21週までに技術的にはかなり正確に性別・胎児診断が可能になっています。
 問題は血友病胎児と診断された場合の対応です。血友病では出生時の出血リスクを回避したり、出血に対する早期治療が可能な点では胎児診断の意義は高いのですが、治療環境が整っているわが国では、血友病児の出生を阻止するための人工妊娠中絶は倫理的には問題が多いと思われます。時間的余裕を持っての遺伝相談が大切です。


【参考文献】
⑴田中一郎、吉岡章:血友病の出生前診断.
小児科診療58:2065-2070,1995.
⑵吉岡章:血友病、新・病気とからだの読本、9.こどもの病気:155-176, 暮らしの手帖社、2004.

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