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一般社団法人 日本家族計画協会

機関紙

<11>遺伝性眼疾患における、先進医療への期待と限界 烏山眼科医院院長 福下公子

2016年02月 公開
シリーズ遺伝相談 総論編11

遺伝性眼疾患における、先進医療への期待と限界



烏山眼科医院 院長

福下 公子


遺伝性眼疾患

 ヒトの眼球は、重さ約7g、容積約6・5㏄、前後径約25㎜の球形です。外界からの光は角膜から瞳を通って眼に入り、水晶体・硝子体を通過し、網膜に像を結びます。網膜は、眼球の後ろにある厚さ0・5㎜の薄い膜で、視細胞がある「感覚網膜」と「網膜色素上皮」に分けられます。視細胞には、錐体細胞と桿体細胞があります。黄斑と呼ばれる網膜の中心部分には錐体細胞があり、良好な視力や色覚に関係しています。桿体細胞は黄斑の周りから網膜の周辺にまであり、視野に関係し、暗所での視力に関係しています。この網膜に達した光は電気信号に変えられ、視神経を経て脳に伝わり「見える」を自覚します。
 視力障害を起こす遺伝性眼疾患には、角膜に混濁を起こす角膜ジストロフィーや円錐角膜、水晶体が白濁する先天白内障、網膜の異常により夜盲と視野狭窄・視力低下を起こす網膜色素変性などがよく知られています。
 角膜混濁の治療には角膜移植があり、先天白内障には水晶体再建術があり、視力回復への道筋ができてきました。しかし、網膜色素変性や加齢黄斑変性などの視細胞が死んでしまう網膜変性疾患には視力回復する治療法はなく、将来的な網膜再生医療と人工視覚開発への期待というのが現状です。


網膜再生医療

 網膜は神経組織ですから、長年、再生はあり得ないと思われていました。しかし、約30年前にES細胞がつくられ、再生医療に期待が起こりましたが、ES細胞には倫理的な問題があり、日本での臨床研究は進みませんでした。その後、2007年に、山中伸也先生がヒトのiPS細胞の開発に成功し、各分野で実用化研究が始まりました。網膜再生医療は、世界に先駆けて、14年9月12日に理化学研究所・高橋政代先生により加齢黄斑変性の患者に、iPS細胞からつくられた網膜色素上皮細胞シートが移植されました。この手術では安全性はほぼ確立され、患者の自覚症状の改善はありましたが、治療法として確立するのは先です。この研究が進むことにより、網膜色素変性の患者に対し網膜全体の移植手術が可能になることも夢ではないかもしれません。網膜は網膜色素上皮細胞と視細胞がシナプスを形成し、両者が機能をして視機能が保たれるので、疾患の進行度によって視力の改善度が異なります。
 また、細胞シートの作成には約10か月かかり、臨床研究ではありますが費用は5千万円以上がかかっているそうです。


ロービジョンケア

 ロービジョンとは、視力や視野といった視機能が低下した状態をいいます。眼鏡やコンタクトレンズをかけても0・3以下であり、極度の視野狭窄があり、日常生活に不自由な状態の人に、弱視眼鏡やルーペなどの視力補装具を選定したり、拡大読書器や音声パソコンなどの日常生活用具の使用指導や情報提供することを、ロービジョンケアといいます。生活の質を上げるために、治療とともに行うことが望まれる医療です。残念ながら、眼科医にも患者にも認知度が低いのですが、今後の再生医療が進歩しても、改善された視力を生かすすために必要な医療です。


先進医療への期待と限界

 網膜再生に向けての研究と実用化は、社会全体が望むところです。20世紀になっての科学の発達・進化は目覚ましく、特に医療における診断技術および治療の進歩は目覚ましいものがあります。また、わが国の60年にわたる国民皆保険制度により、平均寿命は80歳を超えるようになりました。誰もが、健康で豊かな生活を望んでいます。
 日本の医療制度は所得に応じた負担で、全ての国民が公平な医療を受けられる制度ですが、先進的な医療には膨大な費用がかかります。網膜の再生医療についていえば、かかる費用は現実的ではありません。今後は手術の適応の拡大やiPS作成の費用の合理的削減、安全な治療や治療費のための法的整備が望まれます。所得による受けられる医療の不公平があってはなりません。
 網膜色素変性の患者の多くは、網膜再生医療に期待を持っています。研究が進めば、手術適応が広がると思いますが、過度な期待を煽ることのないように、マスメディアや医療広告には倫理的な規制が必要かと考えます。それには、医療者が適切な情報を得て、患者に伝える義務があると思います。現在の研究が進んでも、失ったり低下した視力の改善は、患者自身が期待するほど得られないともいわれています。希望を持つことは重要ですが、「現実の受け入れ」も重要です。「治りたい」期待とともに、「今の視覚を最大限活用する方法」を考え実行することが、人生への意欲につながります。


失ったものを嘆かず、今ある自分をいとおしむ

 科学・医療の進歩の歴史を振り返ると、光と影があります。失ったものや負の過去があっても、今ある自分を見つめ、いとおしむことができなければ、夢の再生医療も夢と消えてしまうのではないかと思います。

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