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一般社団法人 日本家族計画協会

機関紙

<2>まずは母子の災害対策を、災害前から

2017年05月 公開

災害時の家族と健康<2>

まずは母子の災害対策を、災害前から



神奈川県立保健福祉大学 准教授

 吉田 穂波



妊婦だと言い出せない

 体にも心にも大きなダメージをもたらす災害時に、子どもたちやお母さんたちを保護して安心させるには、睡眠と食事を確保するための場所を
"災害前から"決めておかなければなりません。
 私は、2011年4月1日から宮城県、岩手県沿岸部、特に石巻市および南三陸町を中心に母子のアセスメントをして回りました。災害直後、行政や保健所の機能はまひしており、乳幼児や妊産婦は避難所にはおらず、被害の甚大な地域から近隣の非被災地域へと早々に避難したと思われていました。しかし、避難所を回るうちに、実際には多くの妊産婦が、移動手段の問題や家族の中での役割を重んじ、避難できなかったということが分かりました。
 このときに避難所で出会った妊婦さんからは、「炊き出しに並んだけれど、妊婦であることを言い出せませんでした」「水汲みの順番を待つときも、妊婦だからと気を使われるのが嫌で黙っていました」という話をよく聞きました。
 私も同じ母親として、気兼ねしてしまう気持ちは分かります。しかし、妊婦本人が遠慮したとしても、安全な場所で過ごせるような仕組みを、災害前から自治体で用意しなければと思いました。妊婦自身は空腹に耐えられると思うかもしれませんが、おなかの中の赤ちゃんが飢餓状態になると、発育成長に障害が出たり、成人してから肥満体質になってしまったり、後々の人生にとっていいことは一つもありません。


生かせていない震災経験
 「阪神・淡路大震災のストレスが妊産婦及び胎児に及ぼした長期的影響に関する疫学的調査」には、被災地の妊婦のうち当初分娩を予定していた病院で出産できたのは、3割に満たなかったとあります。
 読めば読むほど、私たちは阪神・淡路大震災から母子保健分野の災害対応を学んでいなかったと痛感しました。この報告書の総括には、東日本大震災で私たちが足を棒にして妊婦を探し、話を聞いた結果浮かび上がったのと、全く同じニーズが列挙され、そして具体的な提言がなされていました(下記、災害時の妊産婦の取り扱いに関する十カ条)。


災害時の妊産婦の取り扱いに関する十カ条の提言
①母子健康手帳に災害時の対応について記載しておく
②母子健康手帳の出生届に被災状況の記入欄を設ける
③母親学級に災害時の対応についてのカリキュラムを義務付ける
④地区ごとに妊婦健診の場所を決めておく
⑤地区の産科医師、助産師、保健師は交替で健診を行う(日頃からの広域における顔の見える関係・連携づくりのため)
⑥近隣府県の産科医師の救護班を早期に投入する
⑦移動できる妊産婦は可能な限り被災地域外へ移す
⑧そのための搬送手段を確保する
⑨災害時の妊産婦検診を公費負担とする
⑩出産後の母児の受け入れ先を確保する


 この報告が出たのは1996年です。それにもかかわらず、どこの自治体でも、「母子が避難できる母子救護室を設置する」「携帯電話番号を含めた母子手帳の情報をデータベース化して保存しておき、災害直後には真っ先に妊婦の所在を把握する」「災害後は妊産婦を優先的に避難させる」「医療機関や行政、保健センターが連携して妊婦健診や分娩担当施設を決める」など、災害時の具体的な対策はとられていなかったのです。日頃は人口減少や少子化対策が声高に危機感を持って語られているにもかかわらず、ここ災害大国日本で、せっかく授かった命を災害で失わないように守るための仕組みがないということは、最近でもさまざまな調査結果で明らかになっています。
 例えば、東北大学東北メディカル・メガバンク機構の菅原準一教授は2015年、全国47の都道府県に一斉調査を行いました。その結果、災害時の母子保健や産科医療対応に関する具体的な取り決めが「なし」と回答したのは33自治体(70・2%)で、自治体内での対応を検討していないのが39自治体(82・9%)、隣接する自治体との広域連携を検討していないのは43自治体(91・5%)だったことが分かりました。
 避難所で母子への配慮がなされなかった地域では、その後の人口流出と人口減少が著しいという報告もされています。だからこそ、15年に内閣府でつくられた新たな少子化対策大綱や「健やか親子21(第2次)」などの政策の中で災害時母子救護の重要性が提唱されるようになったのです。


動き出す母子の災害対策
 現在、災害時母子避難所事業を立ち上げる動きが、東京都などの各自治体で広がってきています。このような取り組みは災害時だけでなく、平時でも子育て層と地域をつなぎ、仲間をつくるきっかけになることが分かっています。
 また医療従事者、助産師、産婦人科医、行政、地域の子育て世代が中心となり、定期的に災害時母子避難所研修を行う地域が増えています。内容としては、災害時の母子保健対応についての学習、避難所運営ゲーム(HUG)を用いた避難所での母子対応に関するワークショップ、平時からの連携会議立ち上げなどです。この研修のためにつくられた啓発パンフレットや、災害時要配慮者バージョンのHUGが、現在さまざまな自治体で使われています。さらに、平時から母子や母子を取り巻く人々の「受援力」を強化し、助け合えるコミュニティーづくりを勧めるワークショップも各地で開催されています。
 災害多発国の日本が、これまでの教訓を生かすことで、やがては世界の子どもたちの健康と安全、そして千年後の世代を守るため、さらに貢献できればと願っています。

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