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ニュース・トピックス

【寄稿】「からだの自己決定権」(Bodily Autonomy)―日本における現状と課題

第829号


京都大学大学院医学研究科健康情報学博士課程(京都府) 池田 裕美枝

はじめに ~SRHRと「からだの自己決定権」(Bodily Autonomy)~

 Reproductive Health and Rights(生殖に関する健康と権利)とは、子どもを産むことに関して、いつ、何人、誰との間の子を持つか、持たないかを問わず、健康が社会に守られた上で、個々に選択権があることをいいます。Reproductive Health and Rightsのためには、いつ、誰とセックスするかを自らが決められることが必要で、全ての個人が、自分の心と体を豊かにするためにセックスできるよう、健康が守られ、選択権があることが大事です。これをSexual Health and Rightsといいます。2つ合わせて、Sexual Reproductive Health and Rights(SRHR)という用語が広く用いられています。
 SRHRの根幹は、Bodily Autonomy(からだの自己決定権)です。家族や社会など、自分ではないものに選択を押し付けられるのではなく、自分が自由に選択できることを大切にしています。では、自分の選択とは何でしょうか?
 例えば、15歳の女の子がSNSで知り合った人に会いに行くとき、「会いに行くとエッチなことをされるかもしれないし怖いけど、会いに行かなくてこの人が連絡をくれなくなる方が怖い」と言うかも知れません。一見、彼女は自分で選択して彼に会いに行った、とも言えそうです。しかしこれは、そのように選択せざるを得ないように持っていかれた、とも言えるのではないでしょうか? 選択に関しては、文化、社会や身近な人、パートナーなどによって、そのように選択せざるを得なくなっているのに、あたかも自己選択のように扱われることが少なくありません。児童婚、性虐待、性暴力はもちろん、結婚や出産なども、社会通念や周囲からの圧力で、する・しないを決めざるを得ない状況がまだまだあるのではないでしょうか。
 SRHRの根幹であるBodily Autonomy(からだの自己決定権)は、そういった選択とは相対する選択です。
 言葉を変えると、「自分の心と体の声を聞いて、自分が最も腑に落ちる選択をしよう」というものです。今自分が持っている知識や人との関係性、お金や仕事などの資源を全部加味した上で、しっかり自分と向き合い、自分の大切にしている価値に沿った自分でいられるよう、選択しよう。そんな選択を、自分だけではなく、自分の大切な人や周囲の人もできるように、もっと言えば、社会の構成員一人一人が個々の価値に沿った選択ができるように社会をつくっていこう、という社会運動がSRHRの普及活動です。

SRHRの普及を測定する尺度

 実は、SRHRの普及は国連(UN)で採択されたSustainable Development Goals(SDGs)のターゲットとして明記されています。⑴ Goal3「すべての人に健康と福祉を」のターゲット7に「2030年までに、家族計画、情報・教育及び性と生殖に関する健康の国家戦略・計画への組み入れを含む、性と生殖に関する保健サービスを全ての人々が利用できるようにする」がありますし、Goal5「ジェンダー平等を実現しよう」のターゲット6に「国際人口・開発会議(ICPD)の行動計画および北京行動綱領、ならびにこれらの検討会議の成果文書に従い、性と生殖に関する健康および権利への普遍的アクセスを確保する」があります。
 ターゲットには達成できたかどうかを測定する尺度“indicator”が設定されているのですが、このGoal5ターゲット6を測定する尺度の一つが、「からだの自己決定権」を測定する尺度になっています。⑵

日本人の「からだの自己決定権」

 私たち一般社団法人SRHR Japanは2022年にNHKと共同で「性と生殖に関する健康と権利についての意識調査」を実施。楽天インサイトのオンラインパネルを用いて、性別、年齢、地域を割り付けた3,005名にアンケート行い、左記(表1)の尺度に基づき3つの質問をしました。結果は表2の通りです。

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 では、どのような人が「からだの自己決定権」を持ちやすいのでしょうか? ロジスティック回帰分析をした結果を示します。
 男性よりも女性の方が、収入は400万円以上の方が、未婚より既婚の方が、学歴は高い方が、「からだの自己決定権」を持つ人の割合が高くなる、という結果でした(表3)。

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 では、日本の女性は「からだの自己決定権」を持つ人が多いのでしょうか?
 国際比較のために、49歳以下の既婚女性に限定して集計し、57か国の途上国と比較したグラフが図1です。⑶
 なんと、日本の女性は途上国と比較しても、からだの自己決定権を持たないのです。途上国は、女性がヘルスケアの自己決定権を持たないことが大きいのに比して、日本は、性行為の自己決定、避妊の自己決定が極端に低くなっています。

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私たちの社会の「からだの自己決定権」を促進するために

 「からだの自己決定権」は、個人が各々の価値観に合った人生を歩むために必須です。人口が減少していく私たちの社会において、一人一人がより良いパフォーマンスを発揮するためにも、「からだの自己決定権」は社会全体で大事にする必要があると思います。
 では、今の私たちに何ができるでしょうか?一つは、教育や福祉などの政策の改革が必要だ、と社会に訴えることです。
 本調査では、学校での性教育が自分の性行動に生かされていると回答した人はわずか7%でした。また、「妊娠不安の経験がある」人のほうが、より、ピルやIUDなどの確実な避妊を選択している傾向にあり、確実な避妊をしているから不安がない、のではなくて、実際に不安になった「経験」が先にあって、それから確実な避妊方法を選択していることが推察されました。
 私たちが各自の職場で出会う一人一人(患者さんやお客さん、市民など)に、からだの自己決定権を促す対応をすることも大切だと思います。本調査では、産後の女性(産婦人科医療従事者に家族計画を学んだはずの女性)の12%が腟外射精で避妊をしており、この割合は未産婦とほとんど変わりません。中絶を経験した女性でも14%が腟外射精で避妊しており、ピルやIUD、避妊手術を選択しているのはわずか10%でした。産婦人科医師として自分が自分の持ち場でやらなければいけないことは、まだまだ多いなと反省しました。
 もう一つ大切なことは、自分自身の「からだの自己決定権」を育てることだと思います。自身と対話し、納得のいく選択を重ねることは、意外と難しいことです。しかし同時に、それこそ幸福の追求に不可欠だとも思います。自分の「からだの自己決定権」を意識すると、自然と他者のことも大切に考えられるようになるでしょう。そこから、議論と建設的な発想が生まれます。
 機関紙『家族と健康』の読者の皆様の多くはSRHRプロバイダー、健康を支えておられる方々だと思います。ありとあらゆる側面で、「からだの自己決定権」の応援団となり、連携してよりよい未来をつくっていけるように頑張っていきたいと思います。


池田 裕美枝(いけだ・ゆみえ)

京都大学大学院医学研究科健康情報学博士課程/NPO法人女性医療ネットワーク副理事長/一般社団法人SRHR Japan代表理事

2003年、京都大学医学部卒業。総合内科医としての研修終了後、女性を総合的にサポートできる医師になるために産婦人科に転向。11年リバプール熱帯医学校リプロダクティブヘルスディプロマを経て、12年米国内科学会インターナショナルフェローシップによりメイヨークリニックで女性内科研修。現在、神戸市立医療センター中央市民病院女性外来、二宮レディースクリニック婦人科外来を担当。


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