Facebook Twitter LINE
ニュース・トピックス

【特別企画 新春対談】
わが国の新型コロナ感染症の動向と少子化について

第826号


公益財団法人結核予防会理事長
新型コロナウイルス感染症分科会会長
尾身 茂


一般社団法人日本家族計画協会会長
市谷クリニック所長
北村 邦夫

 新型コロナウイルスの感染拡大が始まって間もなく3年となります。目下、全国的に感染の「第8波」が懸念されておりますが、繰り返される感染拡大や、変異し続けるウイルス、またコロナ禍によってさらに加速した少子化などをはじめとする社会の変化とどう向き合っていくべきか、感染症対策の第一人者であり、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会などでコロナ対策の最前線を知る尾身茂氏に、北村邦夫本会会長がお話を伺いました。 (編集部)

新型コロナ対策の3年間

【北村】公益財団法人結核予防会理事長並びに政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の会長である尾身茂氏をお迎えして、本会機関紙「家族と健康」の特別企画「新春対談」を開催できますことを楽しみにしておりました。
 早速ですが、分科会会長としての3年間と、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)の動向をお伺いしてもよろしいでしょうか。
【尾身】2020年から分科会会長の役を3年務めさせていただいております。当初はこんなに長く続くとは思っていませんでしたが、その間、3人の総理大臣の下、官僚群も結構替わって、我々だけが古株になっている状況です。
 20年2月、コロナの集団感染が発生したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号が横浜港に停泊していた頃、世間はコロナについての知識がほとんどありませんでした。一方、我々感染症の専門家は、03年のSARS(重症急性呼吸器症候群)流行時や、今回のコロナ感染が先行していたシンガポールなどの専門家らとのヒューマンネットワークを持っており、当然ながら公式にジャーナリズムを通して得られる知見よりも早く、様々な情報が集まっていました。
 そのため、当初は専門家が前のめりになって前に出ざるを得ない状況がありましたが、時間を経て、少しずつコロナ対策が市民主導になってきています。なるべく早くフェーズアウトできるといいなと個人的には思っています。
【北村】ここにきて、22年12月10日に、尾身先生ご自身がコロナに感染したとの報道がありました。
【尾身】コロナは誰が感染してもおかしくなく、普通に気を付けていてもかかる病気になりました。
 このことは公明正大に透明性をもって発表した方が良いと私が判断し、発表しました。
【北村】どこで感染したかの自覚はありますか。
【尾身】どこで感染したのかは全く分かりません。
 ずっと同じ生活パターンで暮らしていますが、立場上、多くの人に会うことはあります。どこでも感染する可能性があるということを自分自身で体験しました。
 私はワクチン接種を5回終えていましたが、100%感染を防止するものではないわけです。ただ、5回打ったので症状は非常に軽いものでした。

日本と海外のコロナ対策

【北村】世界を見ると、中国の「ゼロコロナ」政策が頓挫(とんざ)するという大きなニュースがありました。
【尾身】中国はゼロコロナという厳しい政策をとってきましたが、その対極はスウェーデンです。スウェーデンは最初からある程度コロナ感染は致し方ないこととし、死亡数を減らすことに注力するという対策を取りました。
 日本の場合は、その中間。ゼロコロナはありえないということで、最初からゼロコロナは目指しませんでした。しかし、なるべく感染者数を一定程度に抑えながら、死亡者数を少なくするという対策を取ってきたわけです。
 当初はクラスター対策による効果が出ましたが、その後は感染拡大のスピードが速くなり、何回か重点措置や緊急事態宣言を付け加えました。いわゆるHammer&Dance(だんだん感染者数が増えてきたら抑制する)を続けたことで、諸外国に比べ10万人当たりの感染者数はかなり少ない状況であると言えます。また、人口10万人当たりの死亡者数については、どこの国も比較的ずれは少なく、指標として有効といえます。

SARS流行期との違い

【北村】日本のコロナ対策の方針は、分科会の議論の中で決まったのでしょうか。
【尾身】特にパンデミックの初期は、当時の専門家会議で決まりました。20年2月、我々の専門家の一部は、すでにこの病気の特徴がある程度分かっていました。
 その特徴は、03年のSARSとの違いです。SARSは感染した人に症状が出て初めて他の人に感染します。潜伏期の人が他の人に感染させることはない。従って症状が出た感染者を隔離すれば間に合っていたのです。SARSは21世紀最大の公衆衛生上の危機だったわけですが、今回のコロナに比べると感染対策が単純で、約半年で制圧できました。一方、コロナは潜伏期でも人に感染させる。そして無症状の人でも人に感染させる病気であることを我々は分かっていたので、ゼロコロナは無理なので、なるべく感染レベルを下げ、死亡者数を減らすことを目標としました。

分科会で真実を追求

【北村】分科会で専門家集団を取りまとめるというのは、大変なご苦労があることとお見受けします。
【尾身】分科会にはウイルス学者、臨床家、保健所畑の人、行政畑の人、疫学者、病院経営者、医師会、経済分野の人などがいます。この人たちに様々な意見をぶつけてもらい、大体この辺りであれば、専門家としての意見と言えるのではないか―ということを見つけます。だからみんなの意見を聞く前に私個人の意見を言うことはあまりありません。専門家の中でもいろいろな意見がありますし、国やメディアとの関係もあり、難しさばかりです。
【北村】落としどころを探すのが会長の主たる仕事ということでしょうか。
【尾身】皆さんに喧々諤々(けんけんがくがく)議論していただけるように誘導するというのが私の役割でしょうか。違う意見が出たりすることによって現象をより複雑に理解することができ、真実に近づくことができると思います。それは一人では到底できないことです。そのために我々専門家は毎週日曜日にコロナについての勉強会を続けています。

第8波、コロナ禍の出口は

【北村】コロナ第8波がピークを迎えるのはいつ頃になるとお考えでしょうか。
【尾身】まだピークには少し早いと思います。冬は換気が悪く、年末年始は人出が多くなります。また「BQ.1」株というオミクロン株系統の新たな変異種の感染が少しずつ増えています。「BQ.1」は免疫逃避(免疫をかいくぐって感染する)の性質を持っています。
【北村】今、SNSなどでフェイクニュースがたくさん出ています。医者も含めてワクチンは危険だとか、政府は我々を早死にさせようとしているなど、このようなフェイクニュースに対してどうお考えでしょうか。
【尾身】ここまでパンデミックが長くなると、誰しも不満を感じるし、不安になります。
 20年の最初の頃は、市民はコロナについて誰も分からず、国や自治体あるいは専門家が、人との接触機会を7割削減、8割削減と提案すると、多くの人があまり疑問を抱かずに協力してくれました。
 しかし、それがだんだんと長くなるにつれ、「コロナ疲れ」になる人や、経済的ダメージを受ける人も出てきました。若い人も青春を奪われたと感じる人もいたと思います。それぞれの立場や価値観によって、コロナ禍という現象を見る視点が違うため、意見が分かれたり、対立したりというようなことが今起きています。また、それぞれのグループの人はそれぞれのグループの中でその意見が増幅する傾向もあり、そういった部分でなかなか難しい状況になっています。

ワクチンで重症化を予防

【北村】本会の市谷クリニックは、新宿区のワクチン接種施設として手を挙げ、21年6月から実施していますが、すでに1,500回近くの接種を数えています。しかし、高齢者は接種に対して積極的でも、若い世代は消極的で、その点が気になっています。
【尾身】ワクチンの副反応がやや強かったということと、若い人は感染しても多くの場合軽症であるということもあると思います。しかし、実際には若い人でもかかると後遺症が長く続く場合もあります。
 まだはっきり解明されていませんが、コロナは肺などの呼吸器系だけではなく、循環器系にも血栓を作ったりして悪い影響を及ぼすというようなことも報告されています。
 感染をゼロにすることはできませんが、ワクチンを接種すれば、仮に感染したとしてもそれほど重症化しないということははっきりしています。
【北村】幼い子へのワクチン接種については、小児科医でもない私が、生後6か月~4歳児の接種に関与していいか不安がないわけではありませんが、アナフィラキシーショック対策を踏まえてやらせていただいています。

「5類」へ変更はあるか

【北村】メディアではコロナの感染症法上の分類を、「2類」から季節性インフルエンザと同じ「5類」に変更しようとの論調が目立っています。この件についてどうお考えですか。
【尾身】この病気を風邪と一緒、あるいは季節性インフルエンザと一緒だと言っている人もいます。確かに武漢株やデルタ株の流行時などと比べて、感染した個人が重症化したり、死亡したりする割合はどんどん低くなってきています。それをもってこの病気は普通の病気になったのではないかと言っているのだと思います。
 ところが、この病気は感染伝播力が極めて高いというもう一つの側面があります。そのため重症化率や致死率は低くても、感染の数が膨大になり、実際死亡者数はインフルエンザより多くなっている。また、インフルエンザには季節性がありますが、コロナはほとんど季節に関係なく感染が続いていますし、コロナの治療薬もまだそこまでありません。このような特徴を有する本感染症に対して、どのような対応策をとれば良いかを提言するのが我々の仕事です。2類にするか5類にするかというのは、また別の話です。
【北村】ところで、わが国においてコロナは、一体いつ頃収束するとお考えでしょうか。そして何をもって収束と言えるのでしょうか。
【尾身】収束というのは、どこに焦点を置くかによります。皆さん仕事や通学など必要な外出はしているわけで、そういうことをやっても医療の厳しい逼迫が起きないような状況も一つの収束と言えると思います。
 マスクはするけれど、あまり行動制限を必要とせず、何とか感染の波を乗り越えられることができるのであれば、収束に近づいていると言っても良いかもしれないですね。

コロナ禍1万人調査が語る「人と人がつながる大切さ」

【北村】実は20 年度に厚労科学特別研究事業を頂戴しまして、「第1次緊急事態宣言下における日本人の性意識性行動調査」をさせていただきました。第1次緊急事態宣言下ですから20年3月下旬から5月下旬くらいを想定しての調査を、インターネットを通じて日本人1万人に聞いたものです。この調査で、一番興味深かったのは、自粛生活を余儀なくされているにもかかわらず、「充実していた」と回答していた国民が4割もいたことです。
 共通していたのは、「人と人とのつながりが保たれていた」こと。具体的には、自粛下でもパートナーがいた、既婚、パートナーとの関係が良好、自粛下でもセックスの回数が増えた、収入が増えた、男性では「子どもがいる」という人たちが充実していたと回答していました。当時ですと、政府は、「人流を絶て!」を強調していましたが、このような状況下にあっても人と人のつながりというのはとても大事だということを、調査の結果を踏まえて全国で言い続けています。
 尾身会長としては、このような結果をどう受け止めますでしょうか。
【尾身】それは分かる気がしますね。人流の話は、外で知らない人との接触を断つということで、パートナーとの接触を断つということは意味しておりません。
 大停電が起きると出生数が増えるという話がありますが、そのようなことはありましたか。

コロナ禍で加速する少子化

【北村】そういうことにはなりませんでした。人流を絶て!を拡大解釈してしまったのか、セックスは増えませんでした。結果としてコロナ禍で結婚も妊娠の届出も減少し、少子化は一段と進み、22年の出生数は史上初めて80万人を割り込む見込みです。
【尾身】パンデミックによってGDPや失業率、学業への影響など社会に与えたインパクトは大きく、それが少子化の進行にも影響していると思います。
 我々はかなり早い時期から、社会経済をなるべく元に戻すという方向に転換しました。ただ感染がまた急に増加すると、医療機関が機能不全になりますので、なんとか感染のレベルを下げるようバランスを取っていく必要があります。
【北村】分科会会長にお願いですが、人流を絶て!というのは外部の人との関わりであって、家庭内で断てと言っているのではないと。だからセックスも問題なし!というくらいの発言をしていいただくことはできませんでしょうか。
【尾身】ははは。今度の記者会見で、外での感染のリスクの高い接触は避けてほしいけど、家の中の男女の関係はどんどんやってください―と私が言うわけですか。
【北村】それくらいのメッセージが欲しいですね。考えてみれば尾身先生と私は、自治医科大学時代、学生結婚の1号、2号ですからね。最近の若い人たちはどうなっているのでしょうか。
【尾身】コロナ禍も関係ありますが、おそらく日本の社会全体が少子化になる方向にいっているのでしょう。もう少し抜本的な改革がないとなかなか難しいかもしれないですね。
【北村】政府は出産一時金を42万円から50万円に引き上げたり、妊娠したら10万円相当を給付したり、子ども支援を前面に出すなどしていますが、何かボタンの掛け違いがあるように思います。子ども支援をすればセックスが増えるわけではありませんし。女性が安心して働ける環境や、若い人たちの貧困、雇用の安定などへの支援がもっと必要ではないでしょうか。
【尾身】発展途上国でも、やはり少子化が目立ち始めています。女性が社会に進出したいという気持ちが強くなっていることも関係しているのかも知れません。貧困については、例えば、学生が授業料で押し潰されてアルバイトばかりになり、将来の望みが絶たれるということもあります。もう少し社会的厚生の改善が必要だと思いますし、一部の人だけがお金持ちになるという社会は何とかしないといけないと感じます。
 これからの日本は、若い人と女性が、もっと社会の舵取りをするような社会にならないとなかなか難しいのではないかと思います。そういう意味でも、我々高齢者が果たすべき役割は、若い人と女性を後押しするというか、後ろから脇から支えて彼らが前面に出るようなサポートをすることだと思います。

コロナ禍の若者たちへ

【北村】コロナ禍によって青春を奪われたと感じている若い人たちに対するメッセージ、激励などはありますでしょうか。
【尾身】私も若い人たちとテレビやYouTubeで対談をしたことがありますが、何百年に1度のこのようなパンデミックというものにたまたま学生時代に遭遇してしまった。そういう中でいろいろ思いがあると我々も頭の中では理解していますが、もっと深い残念な気持ちが若い人にはあると思います。
 若い人へのメッセージは、今回は大変な思いをしながらも感染対策に協力してくれてありがとうございます―という感謝の気持ちです。人生はこれから長いですし、皆さんのご活躍、ご健闘を祈念いたします。
【北村】本日は本会の機関紙「家族と健康」の特別企画として、公益財団法人結核予防会理事長並びに政府の新型コロナウイルス感染症の分科会会長を迎えて、コロナの動向と少子化について新春の対談をさせていただきました。尾身会長、ご多忙のなか、大学の同級生というよしみでお付き合いいただき、ありがとうございました。


リモート対談の様子


JFPA無料メルマガ登録をお願いいたします!

前の記事へ 次の記事へ

今月のページ

季節号・特集号

連載・コラム

バックナンバー